開業60年のあゆみ

60 YESRS OF HISTORY

1965

●ベトナム戦争米軍北爆開始
●日韓条約調印

(昭和40年)

8月1日 日本初の立体バスターミナル「福岡交通センター」開業

1965
1965

全国で初めて立体式を採用したバスターミナル「福岡交通センター」は、九州の陸の玄関にふさわしい近代的な構造、設備を備え、その規模は当時、日本一を誇った。食堂や土産物店、娯楽室などが入ったショッピングセンターでもあったが、当初は出店者の獲得が困難で経営は厳しく、やっとのことで商店街の形を保った。

1965
1965
1965

三角形のモダンな外観のターミナル。

買ってください博多駅前広場

「福岡交通センター」の開業によって博多駅前の環境は整備され、近代的な交通秩序が確立されたものの、駅周辺の開発はまだ追いついていなかった。"博多駅周辺を売ります"と福岡市は六大都市をはじめ大手建設会社、銀行など470社に「駅周辺土地案内書」を配り、6割も売れ残る保留地の売り込みに乗り出した。

1965
1965

地上地上1,2階にバスが乗り入れ、1日延べ4200台の発着、約6万人の乗降客に快適なサービスを提供した。

1965

1967

●初の建国記念の日
●福岡市人口80万人突破

(昭和42年)

資金不足で赤字に悩み市にSOS

市有地5300平方メートルを5億円で購入して開業したが、博多駅周辺の発展が遅れ、予定していた賃貸収入が四分の一以下に。建設費20億円から割り出した使用料はバス1台発着ごとに273円であるのに実際の収入は52円で最初から赤字で滑り出した。年間赤字額は1億5千万にものぼり、「公共性を考えて助成して欲しい」とついに国や市にSOSを発した。
10年後の博多駅構想
1967

発展途上の博多駅周辺だが、当時の新聞は10年後について、九州の陸の玄関と福岡市の副都心という2つの重要な役割を果たすだろうと記している。

1972

●福岡市政令指定都市に
●沖縄が本土復帰
●日中国交回復

(昭和47年)

利用客を呼び込め、都心にオアシス出現!

1975年(昭和50年)3月に予定されている国鉄山陽新幹線岡山〜博多間の開業に向けて利用客の誘致を図るため、屋上には流行のゴルフ練習場、地下には大人の社交場にふさわしい飲食店を開設。駅直結で気軽に通える都心の憩いの場として人気を得た。

1975
1975

当時の交通センターの案内

流行のゴルフ練習場が屋上にオープン「ゴルフガーデン」。

1975

画期的な試みであったが不採算のため1975(昭和50年)に廃止。

1972
1972

憩いのモニュメントとして愛された噴水「ナルシスの泉」。

1972

アフターファイブのサラリーマンの社交場「クラブ駅前マージャン」※1977(昭和52)廃止

1972

1983

●福岡市営地下鉄(姪浜~仮博多駅)開通
●NHKドラマ「おしん」人気

(昭和58年)

街とともに福岡の交通拠点として成長しました。

3月に開業する地下鉄の博多駅乗り入れの対応と、利用客のサービス向上を目的に、ホーム・待合所の改装と案内設備の改善を実施。さらに高速バスの座席予約をシステム化し、 自動発券機を導入することで利便性を向上した。

1983

1階2階のホーム、待合所の改札に加え案内設備も改善。

1983

福岡の交通拠点としての賑わいは地下にもあふれた。

1985

●筑波科学万博開催
●日航ジャンボ機墜落

(昭和60年)

衣・食・住をテーマにした「バスチカ・デ・ナール」開業。

米国の景気減退による輸出の伸び悩み、貿易摩擦による円高、国内の個人消費の停滞という「トリプルパンチ」に見舞われた当時の日本経済。景気の先行きが不透明な中、大きな起爆剤にと地下商店街のリニューアルに踏み切り、名称も 新たに新装オープンした。

1985

9月1日から47日間一斉休業による全面改装に入り、10月18日に「バスチカ・デ・ナール」として生まれ変わった。

1985

新装オープンの催しに華を添えるミス福岡。

1985
1985
1985

多彩な分野の専門店をそろえ 利用客の心をつかんだ。

斬新なアイディアでこれからもお客さまにスマイルを。

1985

親しみやすいポスターと工夫を凝らした催しで買う楽しみを広げます。

1999

●欧州の単一通貨「ユーロ」導入
●地域振興券交付

(平成11年)

地上9階地下1階建ての福岡交通センタービル完成。

当時の経済動向は依然として設備投資、個人消費ともに振るわず厳しい状況であったが、来る21世紀のビジネスニーズを満たすべく、 地上9階地下1階建ての商業ビルに全館リニューアル。100円ショップ「ザ・ダイソー」、「紀伊國屋書店」、「namco」をはじめ、魅力あふれる43店舗が顔をそろえた。

1999
1999

おなじみのビルは1999(平成11年)5月1日にグランドオープン。

2011

●東日本大震災
●九州新幹線鹿児島ルート全線開通

(平成23年)

ビル名称を「博多バスターミナル」に。

2011(平成23年) 3月の九州新幹線全線開通と「JR博多シティ」の開業にあわせ、福岡に不慣れな利用客も博多駅に隣接するバスターミナルと容易に分かるよう施設名を一新した。

2011

活気に沸く博多駅前に新たな名称でリフレッシュオープン

2011
ペデストリアンデッキ開通
JR博多駅と博多バスターミナルを直結したペデストリアンデッキ(歩行者専用回廊)が供用開始した。

2014

●消費税増税
●映画「アナと雪の女王」がヒット

(平成26年)

市内バスのりばリニューアル。

1階市内バスのりばを15年ぶりに大幅改装。九州の玄関口・博多駅に隣接するバスの発着拠点として、地域の利用客はもちろん、県外や外国人の観光客にも、より分かりやすくモダンなバスターミナルを目指している。

2011

英語表記を加えた案内表示は外国人観光客にも好評だ。

2011

「バス総合情報コーナー」の新設、常時案内係が対応する総合案内所など充実のサービスで 新スタート。

2016

●KITTE博多開業
●博多駅前道路陥没事故

(平成28年)

8階「博多味のタウン」リニューアル。

コンセプトは、「普段使いの気軽さ」と「ココだけの魅力」。「焼肉の牛太本陣」と「焼とり・もつ鍋 博多竹乃屋」が出店。地下1階には「釜揚げ 牧のうどん」がオープン。

2016

2019

●2019年5月1日に元号が「令和」へ
●消費増税8%→10%
●MLBイチロー引退

(平成31年)

地下1階「バスチカ」リニューアル。

「日常性」をコンセプトに全体を木目調としデザインを一新。当時の博多駅地区最大級の売場面積となる「ココカラファイン」がオープン。

2016

2020

●東京五輪・パラリンピック1年延期
●鬼滅の刃大流行

(令和2年)

コロナ感染拡大の影響で、 緊急事態宣言が発令。

外出の自粛要請や飲食店への営業時間短縮要請があり、博多バスターミナルも大きく影響を受けた。飲食テナントは売上確保のため、テイクアウト販売を1F市内バスのりばで実施。

2022

●MLB大谷翔平 2桁勝利2桁本塁打
●北京五輪冬季最多メダル

(令和4年)

1階「空港通り」リニューアル。

「博多を感じ彩り溢れる通り」と「足を運びたくなるような心を躍らせる通り」をコンセプトに。博多織や博多人形の伝統ある色鮮やかなイロドリあふれる通りを演出。

2022

2023

●七隈線延伸(天神南~博多駅間)
●WBC日本代表14年ぶりの世界一
●阪神タイガース38年ぶりの日本一
●新型コロナ5類移行

(令和5年)

博多バスターミナル
公式マスコットキャラクター「バス太」と「タミニャル」誕生。

専門学校 福岡デザイナー・アカデミーとタイアップし、学生の授業の一環として 公式マスコットキャラクターを制作。建物の外観やコーポレートカラーを使用し たデザインに。

2023

博多バスターミナルのテナント年間売上額100億円を突破。

bac

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